パラドックスの時代

チャールズ・ハンディ著「THE AGE OF PARADOX」の訳本である「パラドックスの世界」の書評。英国での題名は「The Empty Raincoat(空っぽのレインコート)」。
チャールズ・ハンディ氏はイギリス出身の世界的な経営学者(というより経営哲学者)であり、ロンドン・ビジネススクールのフェローでもある。

この本では、モノには二面性があり、その二つは相容れない性質を持っている。これをパラドックス(日本語では「逆説」になるが、「矛盾、ジレンマ」と言ったほうが近い)として、現代社会に出現している「9つのパラドックス」を指摘している。

現代社会において、我々は労働生産性を上げて豊かになったかに見えるが、実は富の増加は一部に偏り、社会的には精神的貧しさが増加しているということを鋭く突いている。
資本主義は確かに経済の発展をもたらしたが、物質的成功だけが重視されるという偏った社会が形成されるに至っていることを確認し、それを強く憂えている。そして人生を充実するための方策を説くことで、より良き将来社会への道を開こうとしている。

パラドックスの指摘のみでは悲観論で終わるが、パラドックスを通り抜ける方法、矛盾を矛盾として受け入れて、それらのバランスを取る方法を解説している。
論調は静かであるが、内容的には生き様が熱く論じられており、混沌とした社会を熱意を持って生き抜くための、新たな視点が得られる本である。本書の論点として、次の点があげられる。

第一には、我々は生産性向上の利益は時間ではなく金銭で受け取るものと決めてしまっているが、賢明ならば時間から値札をはがすべきという論点である。これは全く新たな視点という訳でもないが、「効率向上→人員削減→コスト削減→利益向上」というストーリに慣れ親しんでしまっている現状では、あらためて指摘されると新鮮に感じる。
今の世の中では、「4つのP:利益profit、業績performance、賃金pay、生産性productivity」という優先度であるが、以前は、「4つのF:家族family、友人friend、祭りfestival、楽しみfan」という優先度であったということであり、その価値基準の重要性を強く感じる。

第二には、シグモイド・カーブによる解法である。これは「うまくいく人生というのは、最初のカーブが消えていく前にいつも二番目のカーブを次々と連続させて打ち出せる人のもの」ということであり、企業の浮沈や技術の発達など殆どがこのカーブで説明されている。
丘の上に上らなければ次が見えないが、一方では丘に上ってしまえばあとは下るだけである。ピークの前にいかに第二のカーブに乗り移るか、これが重要なポイントとなろう。

第三は、4つのワークという視点である。これは、@ペイドワーク(賃金・謝礼を得る仕事)、Aギフトワーク(コミュニティのための社会奉仕やスポーツクラブ)、Bホームワーク(家庭の維持保全)、Cスタディワーク(知能の取得と開発)、の4つが人生を充実させるためには必要であるということである。

一つの切り口、もしくは限定された時間の範囲のみでは、パラドックスとして認識されないことも、視野を広く持つこと、多面性を熟考することで確認できるようになるのであろう。
本書でのパラドックスという意味は、「成功したと思ったことが本当は失敗であった」というどんでん返しはあちらこちらに隠れており、価値基準の多様性を念頭において何事ももう一度良く考えたほうが良いですよという示唆と捉えたい。 




 「仕事ができる人は知っている」 古典に学ぶビジネスの知恵

本書は「古典に学ぶビジネスの知恵」という副題が付いていることからも分かるように、歴史上の人物の言動や著書から、経営に有益な視点や知恵を引き出して提供している。ただし、経営は人となりに通じるので、生き方に至るまで広く言及しており、著者小林薫氏の博識や見識をもとにして引き出された、先人の思想や知恵が詰まった本である。登場人物のエッセンスが掻い摘んで把握できることもメリットである。

1章は「リーダーの知恵」というテーマで、荻生徂徠(江戸前期の儒者。古文辞学派の祖)をドラッガーと対比させて「強みの上に自らを築け」を、古今東西を問わず人間の営みとして共通していることを提示している。また二宮尊徳(江戸後期の農政家で、自ら体得した「勤労(倹約しながら働くこと)」、「分度(生産力に応じた消費)」、「推譲(富の還元)」の報徳仕法を各地の再建に役立てた)の効率性と創造性の追求、そしてモーティベイションについて論じ、さらに石田梅岩(江戸中期の心学者。石門心学の祖)の心学では商人擁護論の本質を分析し、柴田鳩翁(江戸時代の心学者、道話の神様と呼ばれていた)では顧客志向について論じている。特に京都の有料トイレビジネスの例は新鮮な発想である。そしてシートン、ファーブルを取り上げて動物に教わるリーダーシップについて言及している。

2章は「見えない先を読む」というテーマで、三浦梅園(江戸期の哲学者)の合理思想、安藤昌益(江戸時代の医師、思想家)の統合的システム論、本居宣長(江戸時代の国学者、医師)の主情主義や自然肯定主義について論じ、さらにドン・キホーテでは枠を外して挑む精神について言及している。

3章は「国際ビジネスマンの条件」というテーマで、ジョン万次郎、ジョセフ・ヒコの置かれた立場に負けずにものおじしない心を持つこと、新井白石(江戸中期の儒学者、政治家)ではグローバリズムに対応する為に開かれた目を持つこと、クラウゼビッツ戦争論からはマーケティング攻略法について説かれている。

4章は「セルフ・マネジメントのすすめ」というテーマで、世阿弥(室町初期の能役者・歌謡作者)のライフステージのありかた、ギリシャ神話から学ぶ自己管理と組織管理に関する分析がなされている。

これらの視点や理念は、時と距離を超えて活かすことのできる内容であり、ビジネスにおいて、また私生活においても悩める毎日を過ごしている人にとり、自ら目の前の霧を払う第一歩を進めさせてくれる本である。
また、荻生徂徠とドラッガーの例にもあるように、これらの視点や知恵が、地球上の関連しない地点で、また相互に関係しない人物により、並行的に生み出されたのは興味深い

ドメスティックに偏っていた金融はもとより、かつて日本が強さを誇っていた製造業でも、規制緩和、グローバル化の拡大のなかで、海外(特に欧米)企業との競争に敗退し、グローバルな再編の波に洗われている。また、急速に進むネット経済化のなかで、千載一遇の事業機会が到来する一方で、アジアの世界工場の進展で国内工場の危機にも見舞われている。グローバル市場でなぜ日本企業は敗走しているのかという命題を解く鍵は「戦略思考」だと言われて久しいが、いまだに大きな展開も定着も見られていないと思う。
日本が成功した戦略(戦術か?)は、いわば「ない」弱みを強みに変えてきたことにある。資源がない弱みを技術立国にしてきたし、国土がない(狭い)ことから軽薄短小の物作りを生み出した。
しかし、激動する社会環境下では、相手の力を利用した「柔よく剛を制す」という反面的戦略ではもはや通用せず、同じ土俵上で戦うためには「(自分で持っている)強みの上に自らを築け」がポイントとなる。グローバル志向は今に始まったことではなく、多くの先人がすでに持っていたことでもある。先人に学ぶことは奥が深い。

先人の知恵は考え抜かれた末に生み出されたものであり、そのエッセンスを知ることは大いに参考になるが、実践に結びつけられるとは限らない。目の付け所が違うので、回答をいきなり知っても、発想ができないと類似の問題が解けない。何故そう考えたのかを掴まなければ自分にものにはならない。真意を見抜く分析能力と、それを適所に応用する能力を付けることが肝要である。
荻生徂徠の言に「注(ちゅう)にたより早く会得いたしたるは、益あるやうに候(そうら)へども、自己の発明は曾(かつ)て之無(これな)き事に候」とあり、これは「注釈にたよって安易に理解したつもりでも、自分の真の理解、悟りにはなりえない」と戒めていることを知ったが、まさにその通りである。




 「最高に仕事ができる人の10の思考法」

Scott W Ventrella著「The Power of Positive Thinking in Business (Ten Traits for Maximum Results)」である。スコット・ヴェントレラ氏は、人間の潜在能力開発による業績向上をめざしたピール・センターの所長で、ポジティブ・ダイナミックス社社長でもある。またフォーダム大学経営大学院をはじめ多くの大学で教鞭を取られている。
本書は、ビジネスの多くの局面において、状況を好転させるためのポジティブ・シンキング(私はプラス思考と殆ど同義と捉えている)について紹介している。しかし単なる解説本ではなく、潜在能力を発揮し、最高の成果を手に入れるための具体的な10の思考法が提示されており、日常で実践できるテキストとしても活用できるように配慮されている。

第1部「今こそ積極的思考を」では、ポジティブ・シンキングの意味として、単なる考え方ではなく、「積極的な思考を持つことによって望んだ結果を生み出すための生得の能力」として、資質であると述べられている。
第2部「ネガティブな思考から抜け出してゴールへ向かおう」では、やはり心の持ち方が重要であり、ネガティブな自画像からの脱却とゴールの設定について述べられている。
第3部「最高に仕事ができる人の10の思考法」は本書の肝であり、ポジティブ・シンキングを実践する方法について具体的に説明がなされており、特に柱となる集中力、向上力、推進力、持続力の4つの力を発揮するための方法が展開されている。
ビジネスにおいて、また私生活においても、悩める毎日を過ごしている人にとって、自ら目の前の霧を払う第一歩を進めさせてくれる本である。

よくスポーツや人生の難局の場面で、「負けるものか」と考えると、その時の「感情」や「気持ち」がプレーや結果などに反映されることを経験する。このように人間が感情に左右されることは、われわれの生活を通して実感できる。特にスポーツでは、苦しいときの考え方で、記録や成績が変わる実例は多いと思われる。
そこで、その感情や気持ちをどうコントロールし、自分の能力を発揮できるようにするということが大切になる。このことは、組織の能力を最大限に発揮するためには、個々人の技術的、知識的な能力のみでなく、姿勢や意志(精神状態)も重要であり、そのための施策の必要性に通じる。

近年、「成功のための・・・」、「考え方で人生が変わる・・・」などのテーマで、多くの書籍は発刊されているが、考え方に止まっているものが多く、本書のようにプログラムが示されて、企業でテキストのように使用できるものは少ない。
事例ベースの本も多く、たとえば「道は開ける」は多くの難局を打開した実話が出ており、この本はコンテンツを中心にしたポジティブ・シンキングの本だと思われる。
「こんな事例があった」とか「考え方をこうするのが良い」というコンテンツのみでは、その時点で意識は高揚しても持続性が乏しく、日常継続できるようにコンテキストと合わせた方法論を知ることが肝要である。この意味で本書は有意義である。