柔らかい技術

 1.柔らかい技術とは
 マズローのいう社会的欲求の時代にあたる高度成長期までは、同時にモノ不足の時代でもあった。しかも、市場は量産体制にもとづくマス・マーケットであった。そして商品(製品)は、技術革新による機能・性能を優先したプロダクトアウト型の企画・開発がなされていた。
 しかし多様化・個性化の時代に入り、企画・開発のアプローチに「コト」からの発想が望まれるようになり、従来のアプローチが機能・性能を主体とした従来の延長線上の企画であったのに対し、コト(ソフト的技術=柔らかい技術)が注目を浴びている。つまり、柔らかい技術とはマーケットインの発想で企画・開発する技術であるといえる。
 モノづくりの出発点は、消費者(というよりむしろ生活者)のもつ「ニーズやウォンツ」の発見からはじめられなければならない。そして、モノには生活の文脈(コンテンツ)の基盤として、そこに明日への新しい生活の糸口がコトとして含まれていなければならない。
 これらを見出すことが発想であり、そのための触媒がレトリック「アナロジー」的思考といえる。
 
 2.発想を豊にするために
 発想とは、その人の知識と経験に基づいてなされる。もともと蓄えている知識以上に発想は出ない。これが固定観念となって発想を鈍らせてしまう。では固定観念を棄てれば発想は豊になるのであろうか。しかしそれは無理な話なのであろう。なぜなら、固定観念を棄てるということは、それまでの人生を否定することにほかならないからである。
 発想は、一人の思考の枠組みでは限界があるということがわかった。そう考えれば複数で考えれば良いことが理解できる。そのためには、他人との言葉のキャッチボールを行うことが必要である。それを効果的に行うためのツールや技法が数多く考えられている。
 いわゆる発想を拡散させる刺激としての技法には二つある。一番目は自分の発想にある種のスクリーンを強制的にかける方法である。具体的にはチェックリスト法であり、これも数多くが出回っている。二番目は、他人の異質性を生かす技法であり、代表例としてはブレインストーミング法がある。
 注意すべきは、発想法は知識と経験をどう使いこなすかという触媒であって、発想をところてん式に押出してくれるようなものではないということである。技法も、それがあれば発想できると考えるのではなく、自分自身を刺激する、自分の中の発見を手助けする、発想のための情報の一つと見なすべきである。
 手ぶらでは発想はできない。発想には目的が必要である。そして目的を達成するためには仮説を立てなければならない。それが明確になれば、利用すべき技法が絞り込まれ、かつ他人とのキャッチボールもしやすくなる。「ニーズやウォンツ」はこうした発想プロセスを通して発見され、そして商品(製品)として具現化されていく。
 
 3.知識よりも智恵
 これまでの日本の教育では、「正解」を出すことを教えられてきた。そのため発想においても正解を求めようとしがちである。しかし発想は知識ではないので、それまでの積み重ねからは生まれてこないし、一つの正解があるというわけではない。
 それなのに、知識に頼った発想法を取りがちとなる。知識なら学べば手に入れられる。知っている人に聞けば直ぐ手に入る。あるいは、先達が必ずどこかにいるということである。しかし、発想にとっては、知識を得れば得るほど、逆に不自由になりかねない。なぜなら、それはそのまま、「○○ではそうなっていない」「◇◇ではこうやっている」という、発想停止の材料になるだけであろう。
 新たな問題の解決、現状の改革、事態の打開、行き詰まりの打破、難関のブレイクスルー等々のためには、それまでの知識や経験の延長線上でもなく、いまのままのやり方でもなく、いままでの常識にとらわれず、新たな発想と思考の枠組みを創り出さなくてはならない。
 発想は、見えるものにあわせるのではなく、見たいように変えてしまう、見たいように、あるいは見えるように変えてしまうことであろう。発想は、技法を使いこなすというのみでは生まれてこないことを肝に銘じたい。


 工(巧)が支えるものづくり

小関智弘氏の講演をお聞きする機会がありました。氏は町工場で50年の旋盤工生活を送りながら、何冊もの著書を出されている職人作家です。

実際に、切削しないで圧造機だけで製造した、カメラに内蔵される超音波モータの主軸(葵精螺製作所)、プレス製造による缶詰用ダブルセーフティ・プルトップ(谷啓製作所)、パイプを曲げて製造したエルボ、エアゾール使用後に最後までガスが抜ける工夫の蓋などのサンプルを拝見しました。
これらそのものは、びっくりするような斬新なモノではありませんが、作る方法・手順(プロセス)を変えたこと、町中に蓄積された技能を活用したことなど、職人の知恵と工夫が集約されています。

ものづくりの工(たくみ=巧)の奥深さがひしひしと伝わってきた講演内容に感銘を受け、その後何冊かの著書を拝読しました。そこにはものづくりを活き抜く、以下のメッセージが凝縮されていました。

@現場は活きた知恵の宝庫である。知恵が無かったらどんな優れた機械があっても、優れた性能の製品は作れない。
A機械は人の心を写す。愛情をこめず、精度、剛性を考えず、ただ量産のみを志向するのでは、ミクロンオーダーの精度は安定して出せない。
B規格には外れていないが、こんなものを出したら工場の恥だとする人の作るモノは、美しさが違うのですぐ分かる。ものづくりが築いてきた価値観である。
Cコンピュータ付の機械が出はじめたころは、熟練不要の時代がやってきたといわれた。しかし旋盤加工は歪との戦い。熟練とはそれを予測して捨てる工夫をすることである。
D冶具は知恵のかたまり。冶具はみんな捨てる工夫。コンピュータに捨てるという思想はない。熟練の多くが捨てるという言葉で括れることに気づいた。
E職人とはモノを作る道筋(プロセス)を考え、モノを作る道具(冶具)を工夫することのできる人間である。

これらの内容から、コンサルタントとして考えるべき事柄が浮彫りになります。
一つ目は、ものづくりの価値を再認識することです。ものづくりは、“信頼性の高いモノを安定してしかも安く作る”ことが目的です。しかしその取り組み姿勢の順番が重要で、“安く”が最初に来ては良いモノはできません。
ものつくりへは、知恵と工夫の活用と蓄積を推進することが大切で、そのためにはモノを作る人たちの社会的地位を高める必要があります。モノをカネにしか換算できない社会は、ものつくりの現場が軽んじられる風潮を生みます。モノの“質”を見抜く感性を身に付けるべきでしょう。

二つ目は、コンサルとしてのプロセスを持つことです。ものづくりの業務改善の支援を求められた場合、全体を見て手順(プロセス)をイメージすることが大切です。
相手にとって大切なことは、課題に直接アプローチするという近視眼的な対応ではなく、製品としてどのようなものが作りたいのか、そのための工夫の余地はどこにあるかなど、解答を求めるプロセスを与えてくれることにあります。




 戦略的意思決定

戦略的意思決定とは

戦略的意思決定は経営の本質的かつ究極の機能であり、見識・先見性・創造的革新力・情報力・胆力などが問われる過酷な課題である。このうちの「戦略的」とは、問題があるかどうか不明な状況において問題を作り出し、それを解決することである。つまり「正しい問い」を作り出すことをいう。

これに対して、与えられた問題に対して「正しい答え」を出すことは戦術的といわれる。(『正しい問いがわからずに、正しい答えが得られるはずがない』P.F.ドラッカー「現代の経営」より)

戦略的意思決定の要件は次のようにまとめられる。
 ・現状を改革するための問題を形成する
 ・長期的に企業の存亡を左右する
 ・不透明かつ曖昧な状況においてリスクテイキングする
 ・経営哲学や信念が反映される

アサヒビールの事例

今でこそアサヒビールはビール業界のトップの座をキリンと分け合っているは、一時は市場シェアも10%を切るまでに落ち込んだが、2001年にはビール・発泡酒出荷量で市場シェアは38.9%を占め、トップを続けてきたキリンビールの35.8%を上回り、トップを奪い返す歴史的な復活劇を演じた。

この見事な復活劇を指揮した経営者のリーダーシップと意思決定には、学ぶべきところが多い。それも1人のカリスマ的経営者の成せる技ではなく、村井勉氏が社内の意識改革を行って復活の種を蒔き、それを樋口広太郎氏が受け継いで苗を育て、瀬戸雄三氏が大きく花開かせたという、3代にわたる社長の強力なリーダーシップの発揮と意思決定のコンビネーションは、革新的な事例であろう。

■村井勉氏の時代(1982〜86年)

トップ主導の組織革新を実行。経営理念・行動規範を策定し、企業風土の改革に取り組み、CI(コーポレートアイデンティティー)を導入。タブー視されていた「ビールの味を変え」、コクがあるのにキレがある生ビールの発売に漕ぎ着けた。

■樋口広太郎氏の時代(1986〜92年)

村井氏の命を受け積極路線を展開。強烈なリーダーシップを発揮して、トップダウンによる意思決定を実施。工場の利益管理制度を廃止し、「工場は商品づくりに徹しろ、会社のマネジメントは経営者に、利益責任は社長に任せてくれればいい」と責任の所在を明確にした。必要な金は惜しまない経営。スーパードライの奇跡を演出。

■瀬戸雄三氏の時代(1992〜99年)

生え抜きで後を継ぎ、鮮度の鬼として社内のリズムと緊張感を保つ施策を打つ。「攻めの経営」から「バランス経営」へ。工場出荷までの期間を半減。シェア逆転を果たし見事No.1の座を射止めた立役者。

意思決定の特徴

三氏の経営者としての活動内容には当然ながら相違があるが、その意思決定プロセスやリーダーシップスタイルには下記のような類似点が見られる。

@意思決定プロセス

やるべき内容を明快に示すトップダウン的ではあるが、いきなりの指示ではなく、戦略ビジョンを示してまず社員に内容を十分に揉ませて、その結果を引き取って「意思決定の場」としての取締役会を活性化。最後に自らが意思決定するというプロセスを取った。
単に各部門から多段階の合意形成を経てもち上がって来た案件を、最終的に集団合議制によって意思決定するボトムアップ方式をとってはいない。

A意思決定内容

先が見えずやってみなければわからないし、かつ失敗すると命取りという切羽詰った状況下で、「前例がない、だからやる」(樋口氏言)を信条とした、大胆かつ明快な意思決定を行っている。つまり、過去の成功経験や現状の延長線上で発想した決定、あるいは社内の利害関係を反映した妥協的決定ではない。

Bリーダーシップスタイル

決定内容の認識や前提を明確にし、社員の共感を得ることで、参画意識を高めてやる気を引き出すことに主眼を置いた。また相手のことを良く知ることに腐心した。各人が本来持っている能力を発揮させるという、支援的行動が高く指示的行動が低い、「支援型リーダーシップスタイル」を取っていたと見ることができる。

事例からの知見

戦略的意思決定の領域は、事業変革・新規事業進出、M&A、意識変革、組織改革など多岐に及ぶ。創業は本来戦略的要素が要件であるので、創業経営者には戦略的意思決定の事例を見出しやすい。

ファーストリテーリング、マクドナルド、ホンダ、ソニーなどの創業者の意思決定事例からは、カリスマ的リーダーシップを学ぶことができる。

しかし多くの専門経営者(サラリーマン経営者)は白紙の上に自らの構図を描く立場にはないので、従来路線を引き継いでリスクを回避する不作為の罪の謗りを免れない事例も散見されるが、アサヒビールを始めとして低迷する企業を蘇らせた「中興の祖」とされる専門経営者も多い。その再建過程での戦略的意思決定とリーダーシップスタイルは学ぶべき点が多い。




 サプライチェーンマネジメント(SCM)再考

はじめに

サプライチェーン構築の目的は、業務を改革して効率を向上することはもちろんのこと、コラボレーションによる企業価値の向上、さらにはあらたなビジネスモデル展開への可能性までをも含んでいる。
現状多くの企業でサプライチェーン構築が進んでおり、今後も拡大する機運にある。サプライチェーンを最適に保つには、企業内外を通じた全体最適を目指した運用が必要であり、そのためには目的と課題を十分に認識した上での推進が必須となる。本レポートではこれら留意点について論じる。中でもSCM推進上の課題についての考察を中心とする

グローバルサプライチェーンとは

(1)サプライチェーンとは

ポーター(*1)は、企業内部の活動は互いに連結関係を有しつつ、全体として買い手のための価値を創造しており、この連結関係をうまく管理することができれば、競争優位に立てると指摘する。つまり、競争優位を獲得するには、企業のバリューチェーンを個々の部分の集合としてではなく、ひとつのシステムとして管理する必要があると主張する。これから、企業内の物および情報の流れをバリューチェーンと呼んでいることが確認できる。 一方、サプライヤーから顧客に至るまでの、企業を横断した製品、サービス、および関連情報の流れをサプライチェーンと呼び、この流れを最適化して価値を増大させるビジネス戦略をサプライチェーンマネジメント(SCM:Supply Chain Management) という。
なお、前者のバリューチェーンを企業内サプライチェーンと呼び、それに対応させる形でサプライヤーから顧客に至るまでの企業を横断したサプライチェーンを、企業間サプライチェーンと呼ぶケースも見られる。
SCMは、製品とサービスに対する市場の需要を生み出してそれを満たすさまざまなプロセスから構成される。これは、最終的な顧客を満足させるという共通の目標に携わっている取引パートナー・コミュニティ全体を包括する一連のビジネス・プロセスの集合である。したがって、サプライヤーのサプライヤーから顧客の顧客までを対象とする必要がある。
取引パートナー・コミュニティが国内に留まらず、国をまたいだSCMをグローバルSCM(GSCM)と呼ぶ。


(2)グローバルとは

グローバル化と国際化とは一線を隔している。ロバート・ライシュは『ザ・ワーク・オブ・ネイションズ』で、「次の世紀の政治・経済では、自国の製品とか技術は存在せず、自国の企業、工業、経済も存在しない。今後のグローバル経済社会から見たとき、国境は意味はない」としており、グローバル化の本来の意味は、ボーダーレスつまり国境を意識しないということである。一方の国際化は、「国」の「際」があり、国境が意識されていることを示す。
現実を見た場合は厳然として国境が存在し、これを意識した活動が必須となる。この意味では、此処で扱う国をまたいだSCMは国際SCMと呼ぶほうが相応しいが、大勢としてのグローバルSCMと呼ぶこととする。
このグローバルSCMは、供給ニーズに応えるために世界的視野にたって最も利点のある地域にアクセスすること、つまり最適市場、最適地購買、最適地生産を指向することである。


(3)ロジスティックスとの関連

サプラーチェーンが企業間の連携を重視するということは、その最適化には物流が大きな意味を持つことである。物流の分野でも、このサプライチェーン概念の台頭を受けて、供給先・メーカ・販売先・顧客までをトータルに捉えた、新しいロジスティクスを確立しようとする取り組みがなされてきた。
矢作(*2)は、サプライチェーンとは「生産から販売に至る円滑なモノの流れを首尾一貫して作り上げるための統合化されたロジスティクス・システムのことである」と定義し、サプライチェーンと従来型ロジスティクスが異なる点は「組織・システムの統合、戦略性、在庫圧縮機能」の3点であると分析している。
つまり、企業内においては調達から販売に至る生産・流通活動を担う各組織、各部門が、あたかも単一組織のように連携しており、機能的にも一つのシステムとして統合されている。そして「供給」が、各々のコストや市場シェアに強い影響を及ぼすという戦略性が、各組織、各部門において認識されており、加えて、情報の共有や蓄積を通して、在庫調整が図られると主張している。
さらに、源流から顧客に至るまでの各企業が連携して、一つのシステムとして統合された形がSCMである。


(4)サプライチェーンの手段は

サプライチェーンは、流通チャネル全体最適化を目的とするものであり、そのために、企業間の連携の方法・仕組みが鍵になるが、これを達成する手段として脚光を浴びたのが、製販同盟やアウトソーシングである。つまり、サプライチェーンは、企業内および企業間のロジスティクス関連活動の戦略的統合に特徴があるということが言える こうした観点から西澤(*3)は、サプライチェーンは、戦略的提携(ストラテジック・アライアンス)の重要手段であると考えられるとの指摘を行っている。なおバワーソックスほか(*4)は、「戦略的提携とは、複数の独立した組織体が特別な目的達成のため、緊密に協力し合う意思決定をしているビジネス関係をいう」と定義している。 阿保(*5)は、戦略的提携の問題点として、協調の不足や組織上の障害などを指摘する。そして戦略的提携は、今後、因襲的な「系列」から、民主的でイコール・パートナーシップを尊重するような「調和型自律分散」システムとしてのサプライチェーンを目指すべきであると主張している。


(*1)ポーター,M.E.、土岐坤ほか訳『競争優位の戦略』ダイヤモンド社、1985
(*2)矢作敏行『コンビニエンス・ストア・システムの革新性』日本経済新聞社、1994
(*3)西澤脩「供給連鎖管理によるロジスティクス・コスト管理」『企業会計』Vol.49,No.5、1997
(*4)バワーソックス,D.J.ほか,宇野政雄監修『先端ロジスティクスのキーワード』ファラオ企画、1992
(*5)阿保栄司『ロジスティクス革新戦略』日刊工業新聞社、1993

SCM・GSCMの課題

(1)SCM構築の鍵

SCM構築にあたっては、全体最適のための統一モデルに基づく企業間連携の方法・仕組みが鍵になることが理解できたが、さらに、企業経営の新たなビジネスモデルの探求が求められている点も指摘されている。とりわけ製造業においては,「SCMを効率化のために用いる」といった考え方から,「新しいビジネスモデルを作っていく」という方向へと変質している。たとえばEMSの台頭はビジネスモデルの変質の一つである。この背景として企業経営のためのビジネスモデル,つまり「儲け方」が変化してきたことが上げられる。
とはいえ、全体の最適化のためには個々の最適化が達成されていなければならない。古くから経営における意思決定のレベルを長期(ストラテジック),中期(タクティカル),短期(オペレーショナル)の3つの階層に分けて考えているのにならい,ここでのSCMの最適化も,意思決定レベルの違いによって前述の3つに分けて考える。


(2)長期(ストラテジック)レベルの最適化

全体最適のための企業間連携の意思決定は主にこのレベルに属する。ここでの最適化対象としては、ロジスティクス・ネットワーク全体の最適設計が上げられる。また具体的な項目として、
@ロジスティックスのフロー企画(顧客群(誰がお客様か)、設備配置(生産をどこで行うか),物流配置(資材や製品の流れをどう捉えるか)、EMSの採用なども含む)
A長期継続的調達活動の決定(長期的な取引をどう構築するか、VMIの採用なども含む)
B国際取引への対応方法の決定(関税,関税控除,移転価格)
C不確実性(為替,需要などの)への対応方法の決定
Dリバース・ロジスティクスへの対応方法の決定 環境問題意識の高まりにより、源流から顧客までという動脈のみを捉えたSCMに留まらず、静脈まで意識したリバース・ロジスティクスへの対応は必須となっている。 などが上げられる。前述の在庫調整という意味では、対象はフロー在庫となる。


(3)中期(タクティカル)レベルの最適化

全体最適を睨みつつも、企業個々に全社としての最適化を図る意思決定はこのレベルに属する。関連企業を含めた最適化も包含する。具体的な項目として、
@ロジスティックスのフロー設計(生産・物流をいつどこで行うか)
A中期継続的調達活動の決定(中期の安定的な調達をいつどう実行するか)
Bサプライチェーン全体の資源利用計画(需要の季節変動や景気変動の考慮した計画、製品ライフサイクルを考慮した計画、収益管理を考慮した計画(価格も決定変数))
Cストック在庫の最適化(サービスレベル維持のための安全在庫、安全在庫の最適配置、これらはフロー在庫も加味)
Dロットサイズ最適化(安全在庫、生産方式を配慮) などが上げられる。在庫調整はストック在庫が対象となる。


(4)短期(オペレーショナル)レベルの最適化

企業個々に業務としての最適化を図る意思決定はこのレベルに属する。上位の意思決定内容と矛盾が発生する場合があるが、その時は上位を優先する。具体的項目として、
@スケジューリングの最適化(資源への時間軸上の作業配分の最適化、資源制約付きスケジューリング、
A生産の最適化(段取りと生産のトレードオフ、ジャストインタイム生産、制約資源活用生産、生産ロットサイズ)
B調達の最適化(ジャストインタイムに対応)
C輸送・配送最適化(能力に応じた運用、総費用最小化)
が上げられる。


(5)GSCM実現の難しさ

SCM最適化には、これまで述べたような多くの対象項目があり、それぞれに課題が控えている。ただ企業内の最適化については、中期および短期レベルが中心となりその方法論やサポートツールが充実してきた。理論的裏づけとしてはORによる最適解、制約理論、ロジスティックス理論などがあり、企業内の現状ルールの変更(古くからの慣習の打破)というネックはあるが、解決方向は見出しやすい。そのためツール導入を前提としたSCM構築に向かっても大きな間違いはない。
しかし企業間に広げた場合は(国をまたがないSCMでも)、まず長期的レベルの意思決定が前提となり、その上での中期レベルでの方法論を展開することになる。そのための裏づけは戦略的提携論、企業経営論、チャネル理論などであり、解決方向が一意に求まる訳ではない。また全体最適モデルは時代(環境)に応じて変化するものであり、多くの研究はなされているものの、確立したモデルは寡聞にして見あたらない。

さらに、国をまたがないSCMと比べて、国をまたいだGSCMの実現は一層の難しさがある。その要因としては、国をまたぐことで生じる関係者の範囲の拡大と、技術的・制度的な前提の違いが発生するためである。
まず関係者の範囲の拡大については、国をまたぐことによりその範囲は資材業者、製造業者、卸売業者だけでなく、銀行、保険会社、物流会社、さらには通関業者、税関、その他関連省庁等にまで拡大する。これは、遠隔地取引であるために、貨物の引渡しや代金回収の方法で国内取引と異なる手続を採用していることや、国境を越える取引であるために、国別の輸出入制度が深く関わってくるためである。
また、SCM構築にあたっては取引のために情報の共有が必須となるが、そのための技術的・制度的前提が一致しない場合が多い。企業個々の情報化の度合いだけでなく、情報をやりとりするための技術的な取り決めや、その際のルールなどが一致していなければ、国をまたがった情報の共有は実現できない。
このような背景から、GSCMは国内取引のSCMと比較してその実現がはるかに難しく、現時点では研究も含めて事例は極めて少ない。

おわりに

SCM推進上の課題もしくは検討・具体化すべき項目を整理した。SCM推進を成功に導くには、その目的を把握するとともに、それに対応する検討課題への対応策を具体化しておく必要がある。
システム構築(ソフトウェア導入)にあたっても、課題や研究すべきテーマを十分に認識しておくことが大切である。




 グローバル化にどう対応すべきか

1.はじめに(グローバル化とは)
 ここでは「国際化」と「グローバル化」を同義とする。以下「グローバル化」を主として使用する。またグローバル化が進んだ社会を、グローバル社会と呼ぶこととする。
 「グローバル化」とは、人・物・情報などが、国境を越えて自由に行き来することである。その行き来できる度合いをグローバル度と呼び、対外開放度と対内開放度で測定されている。資料では日本は総合で28位となっており、かなりの出遅れが見られる。
 企業経営に大きな影響を与える経済について言えば、世界経済が規制の無い自由な競争原理で一色に塗りつぶされる構図ということがいえる。つまり、グローバル化は単純にビジネスに国境は無いという意味で、多数なハングリーな相手と競争することと捉えるのが現実的である。
 グローバル化の発想は、ICTによりインスタントなグローバルリーチが可能になり、瞬時に情報が世界中に拡散すること、および世界中から情報を収集することにより、国の境界という意識が薄れたことから生まれたと考えられる。

 2.グローバル化の光と影
 グローバル化は国境の壁が無くなるか、低くなることと捉えられる。このことは[上手く立ち回れば]世界規模でのビジネスチャンスの拡大が期待できるということであり、光の部分と見ることができる。
 しかし実際は、厳然と立ちはだかる壁を利用して自由な資本移動を操作し、巨大な利益を上げやすくする構造になっており、貧しい国から富める国への資本移動についてのみ国境が無い。これは浸透膜のようなもので、薄い液から浸透膜を通して濃い液の方向に流れ込む構図に似ている。
 グローバル化から最も大きな利益を引き出すことを実践したのが米国であり、そのための道具と知恵を早くから所持した。そこでグローバル化とは世界の米国化であり、それが進展している以上、対抗のためには同じ土俵に上がらざるを得ないとのさめた見方も出ている。
 競争原理は弱肉強食の世界であり、グローバル化の影の部分は国ごとの、また同一国内においても貧富の差の拡大である。90年代後半のアジア危機に見られるように、多くの国の経済と企業の破綻を招いたといえる。
 現状では資本主義(自由)経済も社会主義(計画)経済も、それらの経済システムでは影の部分へは対応しきれていない。経済を守るためには規制による自国優位の壁を築くことが最善策であるという見方も、あながち否定はできない。このような状況では、各国の連携による行動指針の遵守が必要となり、その実効を上げるためにあらゆる局面で企業の果たす役割が大きくなっている。
 グローバル社会における企業行動は、利益追求型から脱皮しグローバル規模での新たな目標や評価尺度を持つことが求められている。一国単位での狭い考え方ではなく、世界が一つという大きな経営理念を持つことが必要とされている。そのような考え方の基盤として声高く叫ばれているのが「共生・共創の理念」である。
 
 3.共生・共創の理念をどう捉えるか
 弱肉強食と共生・共創とは相容れない。社会の成熟、市場の飽和につれて従来の過当競争では行き詰まりが生じ、競争原理ではこの状況を打破することは難しくなっている。ゼロサム社会ではなく、限られたパイを分け合うことが、これからの社会が継続するための対応策となる。
 共生・共創とは「共に生成発展するために、多元的な秩序において対等の立場で協調していくこと」と定義される。つまり、オープンでクリアな市場において、各国の企業がお互いの価値観を認め合い、分業や相互関係を通じて関係者の総てが利益を享受しうる状況を生み出すことであり、企業が自分を取り巻く利害関係者や各国の経済社会に配慮しつつ、倫理を遵守し公正な競争に徹するということである。
 「共生・共創の理念」を経営面で捉えるとき、各企業が地球システムの一員であることを認識し、相互協力や依存しあう環境の形成に努力することが必要である。このことを通じて、グローバル経済の中で確固たる地位を確立し、価値を提供(つまり自らの必要性を提供)し続ける限り、その存在意義を保ち続けることが出来るのであろう。
 
 4.グローバル化への対応
 グローバル化はもはや選択肢の一つではない。あらゆる企業にとって、緊急を要する必須の戦略である。グローバル企業となる必要条件は世界中の市場に進出することであるが、それだけでは十分ではない。そこには機会だけでなく脅威も存在する。思いもかけないところから突然強敵が出現して、寝込みを襲われることもある。一国市場でいくら主導力をもったとしても、それだけではグローバル市場のリーダーにはなれない。
 グローバル企業になるための要件としては、大きく二つの切り口で捉えることができる。一つは競争優位性の面(競合に対する優位性の保持)、もう一つは共生・共創面(進出先の信頼の獲得)である。これら二つを共に克服したときにグローバル企業として認められることになると考える。
 4.1 競争優位性の面
 オペレーション面での効率化に根差した優位性の確立であり、サプライ・チェーンのグローバル化、資本のグローバル化などがある。
 サプライ・チェーンのグローバル化とは、供給ニーズに応えるために、世界的視野にたって最も利点のある地域にアクセスすること、つまり最適市場、最適地購買、最適地生産を指向することである。資本ベースのグローバル化とは、世界的視野にたって 最適な資本資源および投資形態を選ぶことである。
 これまでは、各企業ともコストダウンや効率向上に躍起となっており、この面での競争力向上にのみ目が向いていた。今後は「共生・共創の面」にいっそう目を向けなければならない。
 4.2 共生・共創の面
 市場での存在意義の確立であり、企業の考え方(企業風土)のグローバル化が中心となる。各国における文化や環境などの多様性を企業が理解し、それを受け入れたときにまさしく本物のグローバル企業になったといえる。このために克服すべき具体的課題としては、@異物排除の思想、A閉鎖的な風土(日本は特殊だという思い込み)、B仲間内資本主義などが上げられる。
 突然に競争相手から寝込みを襲われる可能性があるからといって、相手を出し抜くという品のない行動は感心できない。企業には品性、インテグリティ、徳が求められる。これらに立脚した行動を積み重ねることで信頼が得られ、共生・共創の土台が出来上がる。グローバル社会で生きるためには、このような企業風土の形成とともに、以下の認識を普及・浸透させる必要がある。
 1)進出先の現地市場は、自国とは異なっていることを理解する。
 国によって、言語、カルチャーはいうまでもなく、所得水準、顧客の嗜好、流通システムなどが大いに異なっていることを配慮しなければならない。
 2)現地への技術・知識移転を実行する。
 重要な仕事は現地スタッフに任せて現地化するといった策をとり、現地での課題は現地で解決するといった運営に移行しなければならない。
 3)企業倫理を確立する。
 儲けるためには何をしても良いという訳ではない。日常活動の拠り所となるべき基準を確立しておかなければならない。これはトラブルが発生した際に特に有効に作用する。
 
 5.おわりに
 本コラムでは、グローバル化への対応として共生・共創の理念を重視した企業活動展開の重要性を論じた。成功のためにはグローバルな考え方(グローバルマインドセット)の構築が重要である。
 これを実践するのは「人」であり、人の育成が必要となる。企業はグローバルマインドセットの教育を展開するとともに、グローバル人材の育成に努めなければならない。




 日々是成蹊

はじめに
 人も企業も日々徳望を磨こうという気持ちで表現しました。「成蹊」は大学名にもありますが、「桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す《「史記」李広伝賛から》」とあるように、「美しい桃や李の木の下には、人が来て自然に路ができるように、徳のある人の周りには自然と人が集まって従うようになる」という意味です。
 これまで経済社会のキーワードは「成長」でした。しかし右肩上がりの成長下での活動はもはや成り立ちません。量より質を高めることが求められるようになりました。質を高める成長は「成熟」という表現もありますが、ここでは社会に認められる意味を込めて「成蹊」と表してみました。
 では企業が高めるべき質とは何でしょうか。このヒントとして経営上の重点課題についての調査があります。それによると財務面の強化など社内の内部体制を固めた上で、「新分野進出・新事業展開」など攻めの経営を強化する傾向がみられます。さらに「ビジョン・戦略」、「企業間連携」、「コーポレート・ガバナンス」など、企業のあり方が経営上の重要課題となっています。この企業のあり方について考えてみます。


ビジョン・戦略
 なでしこジャパンの活躍がまだ脳裡に残っています。ブラジルワールドカップ出場に向けて奮戦している男子サッカーも楽しみです。なでしこキャプテンの沢選手は「夢は見るものではなく叶えるもの」、そして「女子サッカーに目を向けてもらうために優勝する」という思いで、代表になってから10数年という長きに渡り努力を続けられました。
 そして、ワールドカップでの優勝とオリンピックでの準優勝が我々に元気と力を与えてくれました。それは優勝したからというだけでなく、決して諦めない、倒されても直ぐ立ち上がる、汚い行為はしないという、ひた向きな姿勢が感動を呼んだからだと思います。
 サッカーといえば、監督が替わったとたんに優勝を争うチームに変身したり、嘘のようにひ弱になるケースが散見されます。プレイするのは選手ですが、監督の存在が結果に大きな影響を与えることが見て取れます。
 まず、ビジョンを示すということです。優勝というストレッチした目標を示すことで動機づけがなされます。そして勝つための戦略(サッカーではシステム)を具体化することです。試合に勝つためには得点が必要ですが、全員が点を取れるわけではありません。得点したものだけが注目を浴びるのではなく、メンバー全てが達成感を味わえるような、明確な役割分担や組織作りが求められます。
 それに大きく関与するのはチーム内での共通認識と相互理解です。リーダーシップを発揮するために不可欠なのはコミュニケーションの円滑化です。リーダーの指し示さんとする意味が混乱していては物事は進みません。「バベルの塔はなぜ失敗したか」という問いかけに対して、ある時まで人類の言葉は一つであったが、バベルの塔を構築して神に近づこうという人類の野望に神が激怒して、人々の言葉を多くの違った言葉に分けたために、コミュニケーションが取れずに結局失敗したという答があります。
 同じ言葉を話していても理解し合えていないケースは、スポーツにおいてもビジネスにおいても、また私生活においても枚挙に暇がありません。こうして見ると、監督と経営者はリーダーとして、その手腕は類似しているといっても良いでしょう。


企業間連携
 M&Aや経営統合が注目されていますが、ここでは連携による企業価値の向上について考えます。連携は企業間のみでなく、地域・社会との連携を含みます。
 社会に受け入れられるのはどのような企業かについて、新しい考え方や価値観を持って熟慮する必要性に加えて、市場に受け入れられる商品はいかなるものかを検討し実現することも大切です。企業にとっては、まだまだ多様な事業機会が生じ得ます。ドラッガ−のいう「問題解決を図るよりも、新しい機会に着目して創造せよ」を実践すべきです。すべての機会とチャンスは外にあるのです。
 そうした新たな機会を的確に捉えるためには、差別化された高い技術レベルとソフト・サービス面での強化の他に、フレキシブルな事業運営とそれを可能とする柔軟な組織形態の構築が必要となります。そして、個々の企業における強みを活かし、弱みを克服するために連携は必須ともいえるでしょう。
 国においても、平成17年4月13日に施行された「中小企業新事業活動促進法」で「新連携」を、平成20年7月21日に施行された「中小企業者と農林漁業者との連携による事業活動の促進に関する法律」で「農商工連携」の推進を後押ししています。また、平成19年6月29日に施行された「中小企業による地域産業資源を活用した事業活動の促進に関する法律」では、個別企業での「地域産業資源活用事業」を後押ししていますが、これは企業と地域との連携と見ることができます。これらの連携事業にぜひ取り組んでいただきたいと思います。
 このような連携への取り組みにより、企業が振興されるのみでなく、地域経済の活性化も図られ、近江商人の商業理念にある「売り手よし、買い手よし、世間よし」という「三方よし」という言葉の実践となります。さらに一歩進んで二宮尊徳のいう推譲(富の還元)につながります。


コーポレート・ガバナンス
 企業は社会に認められてこそ継続します。そして認められるためには評価を受けるような行動を実行しなければなりません。では評価を受けるような行動とはどのようなものでしょうか。それは、公正にビジネスを行ない社会の維持・発展に寄与すること、その行動が実現できるように組織の理性と良心が働く仕組み(体制、制度、風土)を備えること、であるといえるでしょう。
 前者は企業の経営理念を規定するものです。『いったい企業は何のためにあるのか』という根源的な問いに答えられるビジョンおよび価値基準を示す必要があります。また後者はその方向へ自らを導いていき、必要に応じて見直しができる能力を表しています。経営理念に基づいてインテグリティ溢れ、礼儀正しい企業活動が遂行されるような仕組み形成することが必要です。
 企業倫理は経営における誠実性の発揮という、いわば自主的な活動ではありますが、取り組んでも取り組まなくても良いというものではありません。最小限の範囲の道徳を規定しているものが法律であり、それ以上の範囲を規定するものが倫理とする見方が広まっており、企業倫理の道を外れた場合は法律的な罰則はありませんが、企業の存続を危うくするほどの社会的罰則(信頼失墜、製品ボイコット、従業員のモラール低下など)を伴うものです。逆にいえば、社会から感謝や尊敬される企業活動を実行することが、繁栄への必要条件でもあります。
 倫理観溢れる行動とは、自らを見直して問題があれば主体的にそれを改める。しかも、組織においては役職の上下の別なくこれを行なう。そのために、現実を直視する態度、大きな流れに無批判に同調しない態度、問題がある場合はそれを直言する態度を示すものです。これが本質であると考えます。


おわりに
 以上のような質を高める活動を継続することで、社会に求められる企業となるものと考えます。「日本で一番大切にしたい会社 その1、その2、その3」(坂本光司著、あさ出版)には、そのような企業が紹介されています。著者は法政大学大学院教授で「現場で中小企業研究やがんばる中小企業を支援する」ことをモットーに、6000社を超える企業を訪問されているとのこと。その多くの大切にしたい会社の中から絞って紹介されています。
 『会社は誰のために』を考えるとき、お客様、株主、取引先、地域社会、従業員などの多くのステークホルダーが上げられますが、著者は最初にあげるべきは従業員であると主張されています。会社の使命は経営理念やビジョンにより表現されており、その実現は従業員の行動によりなされ、彼らが活き活きと活動しなければ達成は出来ないというのがその理由です。従業員満足度の重要性を上げる企業も増えてきました。
 最終的には選手の動きが大きくものをいいます。試合中のひた向きなプレイ、決してあきらめない心・・、企業においてもメンバーの活き活きとした行動を通じて、企業価値が大きく向上するでしょう。
 このような行動を導くための環境を作ること、そして社会に役立つような経営を続けること、正しい組織運営を行うことといった、言わば当たり前ですが本質的でかつ優しさのあふれる取り組みの大切さを、成長は望めずかつ競争に疲弊した社会でもう一度振り返るべきと改めて感じています。